<特集1>
社員の健康を支えるヘルスキーパー
~長野県の中小企業の取り組みから~
近年、視覚障がい者の働き方として注目されているのが「ヘルスキーパー(企業内理療師)」です。ヘルスキーパーは、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師の国家資格を持った人が企業などに雇用され、その従業員にマッサージやアドバイスを行い、疲れを癒(い)やしたり、健康の維持・増進につなげます。従業員数の多い大企業が、社員の福利厚生や障がい者の法定雇用率を満たすために採用するケースが目立つ中、今年6月、長野市の中小企業の株式会社一兎舎(いっとしゃ)が導入しました。長野県内の中小企業として初となった導入までの奮闘や活躍を紹介します。
■持ち前の明るさで従業員を出迎える
「早速、施術を始めます、よろしくお願いします!」「痛いところや、違和感がある場所はどこですか?」
ホームページ作成や洋菓子製造などを手掛ける一兎舎本社のマッサージ室内で、ヘルスキーパーの荒井妙子(あらい・たえこ)さんは、持ち前の明るい性格と澄んだ声で、従業員と楽しくコミュニケーションを取りながら施術を行います。「デスクワークが多い仕事なので、やっぱり肩が凝っていますね」と、従業員の体の不調を和らげようと努めます。施術を受けた従業員は「顔見知りで、腕の良さが分かっているマッサージ師が社内にいると、体の不調を感じたときにすぐ施術が受けられるので最高です」と語ります。
荒井さんが視力の異変を感じたのは約20年前。車の運転中に見えにくさを感じ、病院で網膜色素変性症と診断されました。当時は「目が見えなくなることは、死ぬことと同じだ」と悲観し、「どうせなら充実した人生を送ろう」と、視力を失うまでの間、飲食店を経営したり、一人旅の準備をしていましたが、次第に視力の低下が進行。外出も難しくなったことから、約6年前に盲学校に入学し、マッサージ師の国家資格取得をめざし始めました。
■前例がない中、社長が奔走
荒井さんに転機が訪れたのは2年前。かねてより親交のあった株式会社一兎舎の山崎恵理子(やまざき・えりこ)社長と、荒井さんの父親が再会し、荒井さんが盲学校でマッサージ師の国家資格取得に向けて学んでいることを知ったことでした。山崎社長は、当初は「国家資格があれば就職に困らないだろう」と考えていました。しかし、荒井さんが就職活動中、長野県内で視覚障がいのあるマッサージ師の就職先がほとんどないという実情を知り、大きな衝撃を受けます。「荒井さんのために何かできないか」と考える中で、山崎社長はヘルスキーパーとして働いてもらう道があることを知ります。
早速、山崎社長は情報収集に奔走しましたが、道のりは険しいものでした。長野県内でヘルスキーパーを既に導入しているのは、大企業のわずか2社のみ。従業員20人ほどの株式会社一兎舎のような中小企業では、前例がありませんでした。そこで、東京でヘルスキーパーを導入している大企業やゲーム会社を視察し、導入方法を学びました。さらに、国立身体障害者リハビリテーションセンターなどの専門機関にも足を運び、相談を重ねました。また、マッサージ室の社内への設置には、保健所への届け出が必要でしたが、長野市では前例がなく、担当者も困惑していたといいます。
また、荒井さんを迎え入れるために社内環境の整備にも力を入れました。視覚障がい者の採用は初めてだったため、社員向けの講習会を実施。当事者の気持ちを理解するために、目隠しをして会社周辺を歩く体験も行いました。荒井さんが安全に過ごせるよう、社内の整理整頓を徹底し、困っているときには積極的に声をかけるよう全社員で取り組みました。こうした努力の結果、荒井さんはヘルスキーパーとして、活躍の場を得られました。なお、荒井さんは施術以外の時間は社員の電子カルテの作成や書類の仕分け作業、洋菓子製造部門の手伝いなどの作業に従事しています。
■社内にも変化が生まれた
社員の竹中塁(たけなか・るい)さんは、「山崎社長は『前例がないなら作ってしまえ』という考えの持ち主で、突然、新しい事業を始めたりします。しかし、社員の中には、視覚障がい者の方を採用すると聞き、どう接すればいいか分からないなど、戸惑いの声もありました」と当時の心境を語ります。しかし、荒井さんの人柄に触れた社員からは、戸惑いや不安はすぐに消えたと述べた上で、「こうした荒井さんへの配慮がきっかけとなり、社員同士のコミュニケーションも活発になるなど、社内の意識が向上しました」と笑顔で話しています。
山崎社長は「障がいの有無で雇用を決めるのではなく、会社に必要な人材であれば、性別や年齢に関係なく雇用する。多様な人材を雇用することで、さまざまな価値観や考えに触れ、会社が発展していく」と信念を語りました。
■「生まれ育った地元で活躍したい」
山崎社長は将来、会社でヘルスキーパー事業を立ち上げ、荒井さんをその社長にすることも視野に入れています。荒井さん自身も、心理学を学び始めるなど、さらなるスキルアップに意欲的です。
「視力を失うと知った当時は、『もう働くことはできないのか』と悲しく感じました」と、過去を振り返る荒井さん。「長野県内でヘルスキーパーを導入している企業は、まだほとんどありません。盲学校の後輩も、地元で就職先が見つからず、東京で働く人が多いのが現状です。生まれ育った地元でヘルスキーパーとして活躍する姿を後輩にも見せたい。そのためにも、自分が経営者になって、視覚障がい者の雇用を増やしていきたいです」と、将来の展望を熱く語ってくれました。
