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点字こうめい No.89

<特別寄稿>
誰もが落語文化を楽しめる社会へ
一般社団法人落語ユニバーサルデザイン化推進協会
代表理事
春風亭昇吉<しゅんぷうてい・しょうきち>

 日頃から落語家として全国各地の寄席<よせ>などに出演している私は、一般社団法人落語ユニバーサルデザイン化推進協会(略称=RUDA)の代表理事を務めています。RUDAは障がいの有無に関わらず、誰もが落語文化を楽しめるようにすることを目的に、2023年9月に発足しました。全国の盲学校の子どもたちに生<なま>の落語を届けているほか、新しい技術を駆使しながら、落語文化に親しみやすい手法を研究・開発・デザインし、落語を楽しむ空間から社会の見えないバリアを取り払う活動をしています。これからの可能性として、例えば、AIによる字幕システムを構築することで、聴覚障がい者や外国の方に落語を楽しんでもらえる機会が増えるかもしれません。また、昭和の名人に、バーチャル空間で落語を披露してもらう未来もやってきそうです。

 私がこのような活動に取り組むようになったきっかけは、学生時代に行<おこな>った盲学校でのボランティア公演にあります。東京大学3年時に全国学生落語大会で優勝した私は、4年生でさまざまな場所へボランティアに行きました。高齢者施設、ホスピス、少年院など、たくさん行った中に東京都立八王子盲学校がありました。当日、盲学校の先生には「いろんな子どもたちがいるので、古典落語は難しいかもしれませんね」と言われました。私としても、目の見えない方の前で落語をするのは初めてで、笑ってもらえるのか、喜んでもらえるのか、そもそもちゃんと伝わるのだろうかと不安を感じていました。いろいろと考えながらも舞台で思いっきり落語をすると、予想外の大ウケでした。みんなが笑顔になり、会は非常に盛り上がりました。

 落語では「カミシモを切る」といって、話し手が顔を左右に向き分けることによって人物の演じ分けをするのですが、盲学校の子どもたちは壁への音の反響の仕方によって、どちらを向いてしゃべっているのかが分かるのだそうです。公演後、子どもたちに感想を聞くと「面白かった」「声が聴きやすかった」と言われました。最初に感じていた不安が吹き飛んでいくようで、涙が出るほどうれしく、私にとって学生時代の忘れられない思い出となりました。子どもたちの言葉に勇気づけられ、大学卒業後、私は落語家の春風亭昇太に入門し、前座、二つ目と修業を重ね、2021年に真打に昇進しました。

 ボランティアの経験から、私はユニバーサルデザインの落語絵本を作りたいという夢を持ち続けていましたが、今年の春、『まんじゅうこわい』(合同出版)として、ついに完成させることができました。20年来の私の願いがかなったのは、多くの方々に支援をいただいたおかげです。点字と絵柄が盛り上がっている触図で構成されているこの絵本は、触ることで落語の世界を追体験し、学びを深めることができます。また、2次元コードを読み取ることで、私の読み聞かせや、解説を聞くこともできます。従来の点字絵本は真っ白ですが、これにはイラストがついているので、視覚障がい者と健常者が一緒に楽しむことができるなど、無限の可能性があると思います。この絵本を手に取った全ての皆さまが想像力を発揮して学び、楽しんでくれることを願っています。

 今後もAI技術の発達などによって、世の中のカタチはさらに変わっていくことでしょう。しかし、新たな技術を良い方向に使い、誰も取りこぼさず、多様性を尊重する社会を構築するためには、人間の強い意志が必要だと思います。これからも、より多くの人が他者の言葉に耳を傾け、繊細な気持ちを感じられるように、この活動を進めていきます。RUDAの活動に興味のある方は、ぜひご連絡をいただけるとうれしいです。