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点字こうめい No.87

<特別寄稿>
原動力になった〝おかんのわがまま〟
社会福祉法人プロップ・ステーション 理事長
竹中(たけなか)ナミ

 私たちが運営するプロップ・ステーションでは、障がいのある人でも希望を持って働き、社会に貢献できるよう、ICT(情報通信技術)を駆使して、就労を支援する活動を続けています。障がいのある人を「チャレンジド」(挑戦するチャンスを与えられた人)と呼称し、1991年の設立以来、全ての人が持てる力を発揮し、支え合う「ユニバーサル社会」の実現をめざしています。

 こうした活動を始めるきっかけとなったのは、今年50歳を迎えた私の娘の存在です。彼女は重度の脳障がいによる重症心身障がい者として生まれ、視覚も聴覚も身体も知的にも障がいがあります。出産当時、私の父はひどく動揺し、「重い障がいのある子が生きていてもふびんだ」と思っていたようでした。しかし私には、社会を覆<おお>っていたそうした考え方に対する反骨心があり、どんな障がいがあっても、人としてちゃんと生きていけることが当たり前じゃないかという思いが強く湧<わ>いてきました。「娘を残しても安心して先立てる社会にしたい」。この〝おかんのわがまま〟が、これまでの活動の原動力になっています。

 私がおかんとして欲しい知識を得るために、多くのチャレンジドの方々とのお付き合いを始め、障がいがあっても強く生き抜いていくノウハウを教わってきました。さまざまな出会いの中で、能力は高いのに働けないという人が多く、「自分たちが働けないのは障がいによって仕事ができないからではなく、職場に通えないからだ」という声を聞きました。私は単純に、職場に行けないなら仕事がベッドの上に来たらいいと発想。それを実現させるためには情報通信技術を使うしかないということで、プロップ・ステーションの活動へとつながっていきました。

 とは言ったものの、30年前はまだまだパソコンが一般的ではなく、もちろん携帯電話もありません。私自身も機械に詳しいわけではなかったため、自分の〝口と度胸〟で多くのプロフェッショナルの方に協力をお願いしました。パソコンを寄付してもらったり、技術者に講習会を開いてもらったりして環境整備を進め、チャレンジド自身が能力を身に付けていきました。今となってはコロナ禍<か>を機に在宅ワークが浸透していますが、私たちは30年前からこの働き方を進めているので「(在宅ワークを)急に言い始めたね」とみんなで笑い合いました。

 私には音声パソコンを使ってマイクロソフト社で働く全盲の友人がいます。彼ら視覚障がい者が素晴らしい仕事を成し遂<と>げる姿を見て、多くのことを学ばせてもらいました。それが支援活動につながり、現在もプロップ・ステーションでは全盲で身体障がいもある青年が、音声パソコンを使って仕事をしています。このように奮闘するチャレンジドがいるということをたくさんの人にお伝えしたいし、自分も挑戦してみようと勇気を持つ人が増えればうれしいです。

 ユニバーサル社会の実現に向けて、私たちはつい社会制度だけに目を向けがちです。しかし、課題の根っこにあるのは障がい者に対する一人一人の向き合い方だと思います。人の意識が変わらないと、制度が生きたものになりません。日本では障がいのある人と出会ったときに「お手伝いしましょうか」という声掛けを勧めていますが、健常者が障がい者にお手伝いしてもらうこともあるかもしれないという視点が重要ではないでしょうか。

 視覚障がいのある人自身は日常でしんどいこともたくさんあると思いますが、感性がものすごく優れた人も多くいらっしゃいます。それを磨き合う仲間を見つけて、前進していただきたいと思います。もし悩んだときは私〝ナミねぇ〟でよければ、いつでもお話をさせてください。