厚生労働省のまとめによると、全国で約30万人いる視覚障がい者のうち、約1万4000人が民間企業で働いています。かつて、視覚障がい者の主な就職先は、あん摩マッサージや鍼<はり>、灸<きゅう>の、いわゆる「三療業」が代表的な働き口でした。しかし近年、社会の情報通信技術(I T 化)が進み、パソコンやスマートフォンで文章を読み上げる機能など、サポートツールが向上。その結果、パソコンを使うオフィス事務や教員、中には弁護士、医師として働く視覚障がい者も少しずつ増えています。さらに、コンピューターに指示を出すプログラミングに関する仕事も、健常者とともに働ける分野の一つとして注目が集まっています。
総務省は2017年度に、特別支援学校や筑波技術大学の児童生徒、学生に対し、視覚障がい者に対するプログラミング教育の普及促進をめざした実証実験を行いました。こうした取り組みから近い将来、視覚障がい者ができる仕事の幅や環境は、さらに大きく変化していくことが見込まれます。そこで今回は、社会で健常者とともに働く視覚障がい者と、彼らを支える企業の取り組みや課題を探りました。
■誰もが主体者となる環境づくりに
大阪市に本社を置く株式会社ミライロでは、視覚障がい者のみならず、聴覚障がい者、身体障がい者などが健常者とともに数多く働いています。同社では、障がいの捉<とら>え方を変えることで、強みや価値に変えることができる「バリアバリュー」を企業理念に掲げています。
主な事業として、各企業に対する「ユニバーサルマナー検定」を実施。ユニバーサルマナーとは、障がいの有無や性別、人種など、多様な人と向き合うことを指し、必要な「マインド(考え方)」と「アクション(行動)」を学び、身につけるのが同検定です。また、障がいのある当事者が監修し、「自分とは違う誰かの視点」に立ち、行動するためのコミュニケーションやサポート方法を学べる研修を行ったり、障がいのある人らが自ら講師となって、建物内のバリアフリー環境について企業や団体に向けてアドバイスしたりしています。社長を務める垣内俊哉<かきうち・としや>さん自身も、車いすで生活する障がい者の立場から研修の講師を務めています。
社員として働く30代の視覚障がいのある男性も、垣内社長と同様、講師として活躍しています。この男性は仕事のやりがいについて、「当事者として実生活で感じたこと、気が付いた『価値』を提供できたときに、とてもやりがいを感じる」と話します。聴覚障がいのある40代の女性は、「社員一人一人が障がいの状況を理解し、互いを支えている職場環境が、とても働きやすい」と述べています。
ミライロでは業務の効率化をめざし、会社に通勤しなくても自宅で働くことができるリモートワークを実施。障がいのある人が働く上で懸念<けねん>する「通勤」も各個人に合わせて配慮しており、働きやすい職場環境の整備にも力を入れています。また、社内でのコミュニケーションもチャットツールを活用し、全社員が円滑にコミュニケーションできる仕組みとなっています。
同社の広報担当者は、建物内のバリアフリーといったインフラ整備とともに、社員一人一人の理解が、障がいの有無や性別、人種などの違いを認め合い、人権と尊厳を大切にする「インクルーシブ社会」の実現に必要だとした上で、「各企業は、障がいのある人それぞれに合った働き方を提案することで、健常者も障がいのある人も職場で主体者になれる。そのためには、社会全体が障がい者に限らず、全ての人々に寄り添い、各個人に合ったきめ細かい支援方法が重要ではないか」と訴えています。
■障がい者雇用の現状と課題
各企業での障がい者の雇用促進に向け、厚労省は今年1月、障害者雇用促進法に基づき、企業に義務付けられている障がい者の雇用割合(法定雇用率)を、2026年7月までに現在の2.3%から2.7%へと、段階的に引き上げる方針を固めました。今回の引き上げ幅は現行の仕組みになってから最大となります。また、国や地方自治体などにも定められている障がい者の法定雇用率も、引き上げられます。
一方で、障がい者を雇用する環境やその企業への支援には課題もあります。法定雇用率の条件を満たすため、障がい者の雇用促進と安定を図<はか>るのを目的に、特別の配慮を行う子会社「特例子会社」制度を設けている企業もあります。ただ、ミライロの広報担当者によると、特例子会社制度は障がい者の雇用促進につながるものの、障がい者は特例子会社のみに採用される場合が多いと言います。そのため「障がいのある人が本社や現場などの健常者が多い職場環境で採用されにくく、本当の意味での障がい者の理解につながりにくい」と指摘しています。
このほか法律に基づいて企業は、毎年6月1日現在の高齢者や障がい者の雇用に関する報告書を国に提出していますが、報告書の作成には、障がい者手帳や書類の作成など手間の掛かる作業も多いため、負担軽減を求める声もあります。一方、障がい者の中には、勤め先に自身が障がい者だと申告していない人もおり、報告書作成の負担が軽減されることで企業は障がい者を雇用しやすくなり、障がい者側は企業に障がい者であることを申告しやすくなるのでは、ともいわれています。