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点字こうめい No.86

<人間登場>
目で見えていることが全てじゃない
全盲の美術鑑賞者 白鳥建二(しらとり・けんじ)さん


 「見える人と見えない人との溝があるように思っていた。でも見方を変えると、見える、見えないの差というのは、ほとんどないんじゃないかと思うようになった。そこまでたどり着けたことが一番、自分の中で変わったところです」。こう語るのは、さまざまな人と会話をしながら、美術鑑賞を楽しむワークショップや展覧会のナビゲーターを務める白鳥建二さんです。20年以上活動を続ける白鳥さんを題材に、ノンフィクション作家の川内有緒(かわうち・ありお)さんが執筆した書籍「目の見えない白鳥さんとアートを見にいく」は、「2022年Yahoo!ニュース 本屋大賞ノンフィクション本大賞」を受賞。さらに、この本を原案にしたドキュメンタリー映画「目の見えない白鳥さん、アートを見にいく」も全国で上映されています。

 白鳥さんは生まれつき強度の弱視で、小学3年生から盲学校に通いました。 21歳で卒業するまでに、マッサージ師の資格を取得。その後も視力は徐々に下がり、20代半ばで全盲になりました。

 触らなければ何もわからない、楽しめないと思っていた白鳥さんに、ある日、転機が訪れます。当時、交際していた女性から誘われ、レオナルド・ダビンチの解剖図展を開催していた美術館に行った時のこと。「美術には昔から興味があり、初めて美術館に行きましたが、目が見えない自分が果たして楽しめるのかという思いもあった。でもあのとき、彼女といられたからうれしかったし、楽しめたのかもしれない。もしかしたら全盲でも美術鑑賞ができるんじゃないかと思うようになりました」と、当時を振り返ります。

 これがきっかけとなり、〝全盲の美術鑑賞者〟としての活動がスタートします。白鳥さんは美術館に行く時、必ず前もって電話で申し込むと言います。伝えることは、①全盲であること②展示物を言葉で鑑賞したいから誰かに案内してほしいこと③作品の印象や感想、雰囲気などを知りたいこと――の三つ。「最初はたいてい『そういうサービスはございません』と断られるんですが、諦めずに頼み込むと、対応してくれます」と言います。

 初めての美術鑑賞から数カ月後、今度は一人で美術館を訪れた白鳥さん。この時の出来事が、これまでの考え方を変えたそうです。美術館を案内してくれた男性職員に、ある絵の印象を聞くと、「『真ん中に湖があって、木があります』と教えてくれましたが、少し時間がたって『よく見ると、湖ではなく原っぱでした』と謝られました」と述懐する白鳥さん。この時、「湖と原っぱは全然違う。見えている人は何でも正確に見えているわけではないんだと知りました」と話すとともに、受付の人やボランティアなどに作品の感想や印象を聞きながら案内してもらうことで、自分も鑑賞した気分になれたと言います。

 30代で自身のマッサージ店を開業。仕事が休みの日には、全国各地の美術館を巡り、美術鑑賞を楽しんでいます。そのうち、よく通っていた水戸芸術館や都内の美術館などから、ワークショップのナビゲーターを依頼されるように。ワークショップでは、5、6人の参加者に、一つの作品に15分から20分かけて、印象や感想などを語り合ってもらいます。「それぞれ印象は異なり、感性の違いが垣間見える。そこがおもしろい」と醍醐味を語ります。

 「目で見えていることが全てじゃない、見える、見えないに大きな違いはないんだと思えるようになった。活動を続ける中で美術好きではなく、美術館が好きなんだと気付きました」と白鳥さん。2019年に店を閉め、今もワークショップなどに情熱を注いでいる全盲の美術鑑賞の活動に目が離せません。