視覚障がい者の安全な歩行をサポートする盲導犬は、1歳からの特別な訓練を経た後に、パートナーのもとにやってきます。その育成を担う主要な施設の一つが、横浜市にある日本盲導犬協会の「神奈川訓練センター」です。今年で開設25年を迎えた同センターを公明党の古屋範子<ふるや・のりこ>副代表が訪れ、盲導犬の一層の活躍をテーマに、山口義之<やまぐち・よしゆき>センター長と語り合いました。
育成の1年〝ほめる〟を重視(山口)
訓練する姿がとても楽しそう(古屋)
古屋) 今回、初めて神奈川訓練センターを訪問させて頂きました。施設の中庭でワンちゃんたちが訓練士の皆さんと一緒に、おもちゃのホースを引っ張り合いながら、楽しそうに遊んでいましたね。
山口) まさにこれから、人通りの多い駅前での訓練に出発するところです。訓練には自然が多くて静かな場所が適しているように思われがちですが、通勤に駅を利用する盲導犬ユーザーも多いので、混雑した場所での訓練が欠かせません。
神奈川訓練センターでは都市部という訓練に適した立地条件を生かし、国内の施設では最多となる約40頭の訓練犬を常時、育成しています。
古屋) 私もラブラドールレトリバーと14年間、暮らした経験があるので犬の気持ちがよく分かるのですが、みんなシッポを振って、とてもうれしそうです。訓練に行くのが楽しみなのでしょうか。
山口) 〝楽しい〟ということが、すごく大事なポイントです。盲導犬の作業というのは、障害物をよけたり、段差や曲がり角を教えたりと、犬にとっては本来、面白い作業とは言えません。盲導犬は通常、8年という長い期間、パートナーを支え続けるわけですから、その仕事が楽しいと感じられるように、きちんと褒<ほ>めてあげることが大切です。
古屋) 盲導犬が指示通りに行動できた時に伝える「グッド(よし)」という言葉掛けがありますね。先ほども訓練士の皆さんが、犬の名前を呼んで「グッド」と褒めながら遊んであげていました。
山口) このように褒めて育<はぐく>む訓練を、広い意味で私たちは「Dog Education<ドッグ エデュケーション>(DE=犬の教育)」と呼んでいます。犬が主体性を持ち、自分で判断して作業できるようになることを学びの根本にしています。
怒られたり、物をもらえたりするから仕事をするというのではなく、パートナーから「グッド」と褒められたくて行動する。そのような人と盲導犬との信頼関係を築くための大事な期間が、このセンターで過ごす1年です。
外出の喜び分かち合える〝相棒〟(山口)
生活だけでなく心の支えにも(古屋)
古屋) 盲導犬は、パートナーの安全な生活を支えるだけでなく、心の支えともなる大切な存在です。テクノロジーの進歩で、障がい者の利便性が向上するさまざまな機器の開発も進んでいますが、盲導犬にしか果たせない大切な役割があるはずです。
山口) 歩行誘導を機械で代用できれば、盲導犬はいらなくなると言われることもありますが、決してそんなことはないと思います。大切なのは、目の見えない人、見えにくい人にとって、外を歩くための多様な選択肢があり、それを自由に選べることではないでしょうか。
その上で、盲導犬を選ぶことの良いところは、心で対話しながら楽しく歩けること。「ありがとう」と感謝の言葉や、ちょっとした愚痴<ぐち>を聞いてくれる存在がすぐ隣にいることです。彼らは〝相棒〟として、いつでも好きな時に、行きたい場所に歩いて行くのを手伝ってくれます。
古屋) 盲導犬を利用する人の多くが、緑内障などによって人生の途中で目が見えなくなったり、見えにくくなったりした方々です。今まで普通にできていたことが、できなくなってしまうことの苦しみは計り知れません。
盲導犬は、こうした方々の心に寄り添うことができる。私もこれまで多くのユーザーの話を聞く中で、盲導犬の存在そのものが大きな心の支えとなり、さらには生きがいにすらなっていると感じました。
盲導犬は生まれて最初の1年間を「パピーウォーカー」と呼ばれるボランティアの人たちの家庭で過ごし、愛情を一身に受けながら、人間社会のルールを学びますよね。だからこそ、パートナーとなる人の感情を理解でき、喜びも分かち合えるのだと思います。
山口センター長をはじめ、盲導犬の育成に携<たずさ>わる方々にとって、一番の喜びは何でしょうか。
山口) やはり盲導犬ユーザーが「今までできなかったことが、できた!」と喜んでくれることです。
中途失明の方々が、また一人で買い物に行けるようになり、風を切って歩けるようになる。そして、生き方が変わっていく喜びを皆さんが語られることが、私たちの最大の原動力です。
古屋) 一年間、愛情込めて育てた盲導犬が、ユーザーと初めて歩く瞬間は、どのような心境ですか。
山口) 感慨深いものがあります。盲導犬の訓練の仕事というのは、非常に地道な仕事です。訓練犬と一緒に町を歩き、「ここの段差で止まるんだよ」「ここの障害物をよけるんだよ」といったことを一日中やって帰ってくる。その繰り返しです。相手は生き物ですから、少しずつ、少しずつ、時間をかけて作業を覚えてもらいます。
こうした1年間の訓練の集大成となるのが、盲導犬ユーザーと一緒に行う10~20日間の共同訓練です。この時、自分たちが訓練してきた犬がちゃんと歩行をサポートでき、ユーザーさんから「すごいね」と褒められているのを見届けるのは、訓練士も、私たちにとっても、とてもうれしい瞬間です。
必要な人への情報提供が課題(山口)
医療と福祉行政の連携後押し(古屋)
古屋) 国内では現在、約850頭の盲導犬がユーザーのもとで活躍していますね。一方で、視覚障がい者の方々の中には、盲導犬を迎えるにはどうすれば良いのかが分からず、さらには盲導犬という選択肢すら知らずにいる人が多いと聞きます。
私たち政治や行政の側が、もっともっと情報発信やマッチングを後押ししていかなければならないと痛感しています。国や自治体に求めることはありますか。
山口) 視覚障がい者にとって盲導犬は選択肢の一つではありますが、盲導犬と過ごすことでもっと生活の質が上がると思われる人たちが潜在的に多くいます。
こうした人たちに盲導犬の情報が届くよう、行政窓口を訪れた際のスムーズな対応へ、日本盲導犬協会では行政担当者向けにセミナーを実施するなど理解を深める取り組みを行っています。国や自治体に応援してもらえると心強いです。
古屋) 大切なご指摘です。必要とする人たちに盲導犬が届く体制づくりを、公明党の全国の地方議員と連携しながら後押ししていきます。
私は議員になって以来、盲導犬をはじめ障がいのある人をサポートする聴導犬や介助犬といった「補助犬」の応援団として、普及啓発や理解促進に努めてきました。
今年は、補助犬の受け入れを公共施設や交通機関、飲食店などに義務付けた「身体障害者補助犬法」の成立から20年の節目です。私は受け入れ義務化を民間の職場にも広げた2007年の同法改正に携わったのですが、改正法が成立した際、国会の控え室を訪ねてくれた関係者や補助犬たちと一緒に喜び合ったことが忘れられません。
一方、盲導犬をはじめ補助犬の受け入れを巡っては、まだまだ理解が進んでいない部分もあり、病院などで同伴を断られるケースもあると聞きます。
山口) 一人のユーザーさんが盲導犬を迎え、一緒に町を歩けるようになるまでには、たくさんの努力の過程があります。やっと一緒に歩けると思った矢先に、行った先で受け入れを断られるのは非常につらいことです。
盲導犬をはじめ補助犬ユーザーの社会的地位を担保する法律の整備はとても重要なことで、尽力に感謝しています。今後はさらに、盲導犬やユーザーを自然に受け入れられる土壌が社会全体に広がることを願ってやみません。
古屋) 盲導犬をはじめ補助犬が活躍でき、その存在を広く受け入れられる社会というのは、多様な人々がお互いのことを思いやれる社会に必ずつながると確信します。
今後も国民一人一人の理解を広げていく不断の努力に徹し、心のバリアフリーを広げていく決意です。
【略歴】やまぐち・よしゆき 1974年生まれ。1997年、財団法人日本盲導犬協会に入職。以来、普及推進活動や訓練などの業務に従事し、2012年、日本盲導犬総合センター長に就任。神奈川訓練センター長を経て2020年6月に専務理事就任。現在、神奈川訓練センター長も兼務する。