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点字こうめい No.83

③<人間登場>
ハーモニカは〝心の友達〟
全盲の「師範」 品川勝邦<しながわかつくに>さん


 「ハーモニカは〝心の友達〟でしょうか。気がめいった時でも、吹いていたら心が明るくなります」。こう話すのは、山口県宇部市で鍼灸<しんきゅう>治療院を営む品川勝邦さん(79歳)です。傍<かたわ>ら、週5回、1時間半ほど、オンライン通話アプリを使ってハーモニカのレッスンをしています。生徒は全国に40人。そのほとんどが視覚障がい者です。「視覚障がい者は外に出るのも一苦労。暇な時に演奏を楽しんだり、さみしい思いをしている時に生徒のみんなと触れ合って元気になってほしい」との思いから、謝礼は受け取っていません。

 品川さんは複音ハーモニカの名手。「復音ハーモニカは上下2列に、21の吹き吸い穴があります。上も下も同じ音程ですが、下の方がほんのわずかに低く調律されているので、上下の穴を同時に吹くことで快<こころよ>い音の揺れが出るのが特長です」。


 10歳の時、チャンバラごっこで右目を失明し、中学から下関市にある県立盲学校に入学しました。その年の秋、担任から「中秋<ちゅうしゅう>の名月に合う演目は何かないか」と聞かれた品川さんは、ラジオで尺八の音色を聞いたときの感動を思い出し、提案。演奏家を招いた催<もよお>しは大盛況で、校内に尺八クラブが誕生しました。当初は20人以上いたメンバーも、高い難易度から品川さん以外は退部。ただ、言い出しっぺの品川さんは辞めるに辞められず、卒業までの8年間、演奏家の先生から尺八を習ったそうです。

 ハーモニカとの出合いは、突然でした。33歳のある日、自宅で尺八を吹いていたところ、一人の男性が訪ねてきました。聞くと、「散歩の途中で立ち止まって聞いていたが、どんな人が演奏しているのかと、失礼を承知で伺った」とのこと。その男性は市内で楽器店を営む松色巌<まつしきいわお>氏で、1本のハーモニカを譲り受けたのがきっかけでした。

 「尺八の吹き方がハーモニカにもすごく役に立ったんです」。初めから曲は吹けたものの、仕事中にラジオから流れてきたハーモニカの音色は全く別物。プロ奏者の大石昌美<おおいしまさみ>氏の番組でした。

 ある日、新しいハーモニカを買いに行った際、一人のハーモニカ愛好者に「山口市にプロがいるから一緒に行こう」と誘われて会ったのが、詩人・中原中也<なかはらちゅうや>氏の末弟でプロ奏者の伊藤拾郎<いとうじゅうろう>氏でした。「伊藤先生の音色に惚<ほ>れて門下になりました。6年ほど指導を受けましたが、全ての演奏技法が必要な『荒城の月』だけを、ひたすら教えていただきました」。


 しかし、品川さんを試練が襲います。これまでは左目で何とか楽譜を読んでいましたが、60歳の時、糖尿病によって残っていた視力も失いました。「楽譜はもう読めない。どうしていけばいいのか」と思案に暮れていた頃、演奏に訪れた会場でファンから大石氏のCDをもらいます。ラジオを聞いていた時のように、何度もCDを聞き、音を拾い、曲を覚えていきました。

 「晴眼者が2や3の力でできるところを、私は10の努力を積み重ねないとできるようにはならなかったんです」。仕事が休みの日曜日に練習を重ね、レパートリーは、童謡からフォークソング、唱歌や演歌など800曲を超えます。

 この成果を多くの人にも聴いてもらいたいと、ホームページの制作にも挑戦。毎日4曲ほど演奏したメロディーを紹介すると、ハーモニカを教えてほしいと入門者が現れました。2010年には、ハーモニカ芸術協会の「師範」に全盲者として初めて合格。今年4月には普及活動に尽力した功績から、日本ハーモニカ連盟の「日本ハーモニカ賞」を受賞しました。

 「ハーモニカを愛好する人は多いけれど、演奏会で人が集まるレベルにまで到達するのは難しい。だから、自分の演奏で会場から拍手を受ける瞬間は努力を認めてもらえたようで、うれしいんです」と語る品川さんは、コロナ禍<か>でも晴れ晴れと輝いています。