どうする「鳴らない音響式信号機」
音響式信号機が設置されているのにもかかわらず、音が出ない横断歩道で、視覚障がい者が危険な状況にさらされています。これまで全国で音響式信号機の整備が進められてきましたが、近隣住民の要望などで夜間・早朝は鳴らない設定にしているところも少なくありません。そこで、視覚障がい者の安全な歩行のために必要な対策は何か。現状と課題を探るとともに、中央大学研究開発機構の稲垣具志<いながき・ともゆき>准教授に話を聞きました。
「誘導<ゆうどう>音がないと、赤信号に変わったのが分からず中央分離帯に取り残されたり、歩車<ほしゃ>分離<ぶんり>式の信号だと、自分の進行方向と平行する車道で自動車が往来する音や気配を青だと勘違いして渡ってしまうこともあり危険です」。こう話すのは、日本視覚障害者団体連合(日視連)の三宅隆<みやけ・たかし>組織部長です。
東京都豊島区で2018年12月、横断歩道を渡っていた視覚障がい者の男性が車にはねられ死亡しました。事故当時、歩道側の信号は赤。日視連によると、事故現場の信号は音響式でしたが、午後7時から翌午前8時までの時間帯は周辺住民の要望で音が止められていました。男性は通勤ラッシュを避けようと、誘導音が出ない早朝に出勤していたため、信号の色が認識できなかったとみられます。
警察庁によると、17~20年に起きた視覚障がい者の歩行中の交通事故死者は9人、重軽傷者は83人で、そのうち信号機がある横断歩道での死者は2人、重軽傷者は20人でした。
20年3月末時点で、「ピヨピヨ」「カッコー」などの誘導音で青信号を知らせる音響式は、全信号機の約1割に当たる2万4370基整備されていますが、近隣住民の要望でほとんどが夜間や早朝は鳴らない設定になっています。
■信号の色をスマホに伝達
稼働時間の制限以外に対応策はないのでしょうか。
警察庁はこれまでも、白杖<はくじょう>に貼った反射テープを音響式信号機のセンサーが検知すれば誘導音が鳴るシステムなどを導入してきましたが、センサーの整備費が高額であることを理由に、設置されているのは全国で278基にとどまっています。
そこで、警察庁が新たな解決策の一つとして進めているのが、スマートフォン(スマホ)を使った横断支援システムです。「高度化PICS(ピックス=歩行者等支援情報通信システム)」といわれるもので、無料の専用アプリ「信GO!<しんごう!>」をダウンロードしたスマホを持って信号機に近づくと、無線通信装置から信号の色などの情報が手元のスマホに伝わり、音声や振動で信号を知らせてくれます。スマホ式は、誘導音が鳴らない時間帯でも使えるため、安全な横断を支援できると期待されています。今年3月末までに全国で約130基整備され、21年度中には首都圏や中部、近畿の視覚障がい者が多い地域を中心に計約150基増やし、将来的には全国へ普及させる方針です。
同システムを20年6月から試験的に導入している千葉県では、四街道<よつかいどう>市消防本部前の交差点に設置されています。県立盲学校とJR四街道駅を結ぶ大通りで、大型スーパーもあることから、歩行者や自動車ともに交通量が多くなっています。県警によれば、この交差点の信号機は従来から音響式ですが、ここも夜間・早朝は誘導音が鳴らない設定になっているといいます。
スマホがブルートゥース(無線通信)を使用した状態で交差点に近づくと、アプリが作動し「四街道駅・県立盲学校方向が赤になりました」「中央公園・四街道小学校方向の青がまもなく終了します」などと歩行者用信号機の情報が、音声や振動で通知されます。このアプリは音声の読み上げ速度を変更したり、信号機の色情報による個別の設定も可能です。障がい者用の青信号延長機能がある信号機については、スマホの操作によって延長申請を行うこともできます。
県警の担当者は、時間帯問わず使えることは有効だとする一方、視覚障がい者団体から「色は分かるが横断歩道の場所や渡る方向が分かりにくい」「スマホの操作やアプリ自体の操作に手間取る」といった懸念<けねん>の声もあるとして、利用者の意見を踏まえて、今後も運用を検討していくと話していました。
このほか、対応する音響式信号機の受信エリア内で本体のスイッチを押せば誘導音を鳴らせたり、青信号の時間を延長できる「歩行時間延長信号機用小型送信機」(シグナルエイドなど)という装置もあります。携帯電話ほどの大きさで、障害者総合支援法で定める日常生活用具の対象です。対応する音響式信号機は、通常の黄色い音響用押しボタン箱ではない白色のものです。
警察庁によれば、死亡事故が起きた東京都豊島区の信号機はこのシステムに対応しており、設定された鳴動<めいどう>時間外でも誘導音を鳴らすことができたといいます。
■誰もが使いやすく安全な信号機を
日視連は警察庁に対して、視覚障がい者が安全に横断できるよう、音響式信号機の24時間作動や、信号機の色が確認できる代替<だいたい>手段の確立のほか、全国統一の誰もが使いやすく安全性の高い「押しボタン信号」の設置などを要望しています。