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点字こうめい No.80

③<人間登場>
趣味を生きがいに 温かみのある笑い届ける
社会人落語家 宮永真也<みやなが・しんや>さん

 「僕にとって落語は生きがいです。自分が披露した落語がお客さんに伝わり、喜んでもらえる瞬間が一番うれしい」。こう語るのは、社会人落語家の宮永真也さんです。舞台に上がる時の高座名<こうざめい>は、「ぽっと出の新人」から名付けた「呆<ぽ>っ人<と>」。宮永さんは現在、神戸市内の高齢者施設で機能訓練指導員として勤務するかたわら、関西地方を中心に月2回程度、地域の敬老会や介護施設などで落語を披露し、温かみのある笑いを届けています。

 宮永さんは、1978年生まれの兵庫県加西市出身。子どもの頃は内気な性格で、人前で話すことが苦手な少年でした。「夢中になるほどではなかったけど、お笑いはラジオで聞いたり、テレビで見るのは好きでしたね」と振り返ります。大学生だった20歳の時、徐々に視野が狭<せま>くなるなどの症状が出る網膜色素変性症<もうまくしきそへんせいしょう>と診断されました。大学卒業後、立体駐車場の設計などの仕事に従事しますが、視力は次第に悪化。見えにくい状態のまま仕事を続けるのは難しいと考えた宮永さんは、「新しいことに挑戦しよう」と仕事を辞め、神戸市立盲学校で学ぶことを決意。その後、入った盲学校では、鍼<はり>・灸<きゅう>・マッサージの資格を取得し、現在の福祉業界で働く一歩を踏み出します。

 そんな人生の変転の中で、身近に感じるようになった落語。「目が見えなくなってもできる趣味はないかと考えていた時に、出会ったのが落語でした。CDで桂枝雀<かつら・しじゃく>さんの落語を聞いたのですが、すごくおもしろかった。学生時代から、自分が何かを演じるということに興味があったし、落語なら自分にもできるかもしれないと思いました」。それからの宮永さんは落語を聞くことが楽しみになり、そして、覚えた落語を自分で演じることを通して、心に張り合いが出るようになっていったと言います。

 落語のおもしろさに目覚めた宮永さんは、その後、インターネットで社会人落語家のグループを探し、積極的に活動に参加するように。ラジオの落語番組やCDを繰り返し聞いて覚え、現在のレパートリーは約15本。古典落語をはじめ、現代風の内容の落語も披露します。習得方法は、「とにかく反復すること」を続け、「一つの話を短く区切って、その固まりをつなげていく感じで覚えていく」と語ります。さらに「そこまでは単なる暗記。口を動かせるようになってからが、本当の稽古<けいこ>です」と続けます。自分の落語を録音して聞き返し、間の取り方や声の強弱は適切かどうか、お客さんや審査員になったつもりで確認し、納得するまで研究は続きます。宮永さんにとっては、通勤電車やお風呂場など、どこでも稽古場です。「聞きに来てくれるお客さんに、精いっぱいの姿で接したい」。その真剣さが、落語家としての意識の高さにつながっています。

 宮永さんは努力を重ねることで徐々に実力を伸ばし、一昨年の「第19回 新人お笑い尼崎大賞」で奨励賞を受賞。昨年は、「第11回 社会人落語日本一決定戦」で、決勝まで進出。「(決勝進出で)名前を呼ばれたとき、喜びもありましたが、これまでの努力がようやく報<むく>われたような、ほっとした気持ちになりましたね」と笑顔で語ります。一方で、落語で積み重ねた努力が、普段の仕事でも生かされると言います。「施設の利用者さんに対する接し方に、落語の話し方がかなり役立っています。いかに落語のお客さん、そして利用者さんに楽しい時間を過ごしていただけるか、それは共通のものであると思っています」。

 今後の目標を聞くと、「前回悔<くや>しい思いをした『社会人落語 日本一決定戦』で、優勝すること」ときっぱり。さらに、「笑いを通して、視覚障がいの世界について知ってもらえるような落語を演じることです」と意欲を見せる宮永さん。さらなる高みへ、その活躍の舞台は、ますます広がっています。