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点字こうめい No.78

①<特集>
視覚障がい者と「平成」~変遷する〝雇用〟〝移動〟〝情報保障〟 

 ●対談

 日本盲人会連合会長/弁護士

 竹下義樹氏


 公明党障がい者福祉委員長

 山本ひろし参院議員

 5月から「令和」<れいわ>に元号が改められましたが、幕を閉じた「平成」は、障がいのある人たちにとって、どのような時代だったのでしょうか。雇用や移動、読書をはじめとする情報保障などをテーマに、日本盲人会連合(日盲連)会長で日本初の全盲の弁護士でもある竹下義樹氏と、公明党障がい者福祉委員長の山本ひろし参院議員(参院選予定候補=比例区)が語り合いました。

■ITの発達で職域が大きく変化/竹下
■第一線で活躍できる可能性開く/山本


山本)
 「平成」は日本の福祉政策をはじめ、科学技術の飛躍的進歩など、大きな変化の時代でもありました。私の娘も障がいがあり、今年で31歳。まさに平成は、娘と歩んできた日々そのものです。この間、障がい者を取り巻く環境は、「措置」の時代から「障がい福祉をサービス選べる」時代へと大きく転換したと実感します。


竹下)
 その通りです。2012年に障害者総合支援法ができ、社会全体に障がい者支援に対する大きな変化の流れを生み出しました。また、視覚障がいを含む障がい者全体の雇用についても、技術の進展によって職業選択の幅が広がったと思います。

 例えば、従来、視覚障がい者の仕事といえば鍼灸<しんきゅう>マッサージなどが中心でした。しかし、IT(情報技術)の急速な発展で事務職への就職が非常に多くなりました。全盲のコンピュータープログラマーもたくさんいます。ただ、今も視覚障がい者が希望する職業にきちんと就<つ>けるケースはごく一部です。社会の中で「合理的配慮」がもっと広がることで、視覚障がい者が働きやすい環境が整うのではないでしょうか。


山本)
 視覚障がい者は全国に32万人ともいわれていますが、厚生労働省の調査によると、あん摩<ま>マッサージ指圧師などの「あはき業」に就いている人は、09年から徐々に減少している半面、事務職が増加傾向にあります。私の前職の日本IBMでは、全盲の研究者が読み上げソフトの世界的な開発をして、数十万人いる従業員の中で「フェロー」という最高の技術職に就いた人もいます。視覚障がい者への職種支援をさらに広げ、社会の第一線でもっと活躍できる可能性を開いていかなければなりませんね。


竹下)
 一方で、平成も終わる間際<まぎわ>に、中央省庁で障がい者雇用数を不適切に計上していたことが発覚しました。非常に腹立たしいことです。悪い膿<うみ>を出し切り、問題を克服してもらいたい。障がい者雇用の問題は、当事者の「自分もこの国に生きる一人として働きたい」という気持ちを、社会が受け止めることが出発点であることを忘れてはいけません。障がいがあっても、残された機能や能力の中で、出来る仕事はたくさんあることを知ってもらうことが第一です。

■バリアフリー法で動線が一つに/竹下
■移動環境の向上に今後も努める/山本


山本)
 ところで2000年に交通バリアフリー法が施行されて以来、駅へのホームドア設置など社会全体でバリアフリーが進みましたが、皆さんの暮らしにはどのような変化がありましたか。


竹下)
 私たち視覚障がい者にとって大事な援助の一つが、外出時の安全です。交通バリアフリー法はそれを体系化したことで、「法律ができれば社会の仕組みが変わっていくな」と期待したことを思い出します。

 それ以前にも点字ブロックはありました。しかし、家を出てから目的地に着くまでが一連の流れです。例えば、バスを降りてから点字ブロックに沿って駅に入り、ホームにたどり着けるかどうかが大事で、2006年に「バリアフリー新法」ができたことによって、それまでバラバラだったものが一つになり、目的地への動線ができたことは大きな変化だったと受け止めています。


山本)
 公明党も日盲連をはじめ、当事者の皆さんの声を最大限に反映しながら、バリアフリー法を推進してきた経緯があります。今では「バリアフリー」という言葉が当たり前になり、都市部から地方へ、日常生活から旅行などの非日常へとバリアフリー環境が整ってきました。


竹下)
 私たち視覚障がい者にとって、外出時の安全というのは三つの側面があります。まずは歩行訓練をきちんと受けて、自身の歩行能力を高めていくこと。次に点字ブロックやホームの転落防止対策など社会的な設備の整備。そして盲導犬です。盲導犬は私たちが外出の自由を獲得する上で重要な存在です。この三つが平成の30年間で大きく前進しました。


山本)
 公明党議員のネットワークの力を存分に発揮し、緊密に連携しながら、バリアフリーのさらなる推進で、皆さんの移動環境の向上に努めていきます。

■視覚障がい者と共に歩んでくれた公明党/竹下
■〝小さな声〟受け共生社会の実現めざす/山本


竹下)
 私が司法試験に合格したのは、1981年で、昭和50年代でした。当時はアナログの時代で、点字本を作ったり、録音するボランティアに助けられました。その数はざっと100人に上るでしょう。本当に感謝しています。

 私の後で司法試験に受かった視覚障がい者は、デジタル化した読書環境の中で勉強してきた世代です。ボランティアだけに頼らなくても、電子化されたもので読書環境をサポートしてくれる時代になったのです。すごい時代だと感じています。こうした環境をさらに社会全体に浸透させて、点字図書館やインターネット上で点字・録音図書を提供する「サピエ」にとどまらず、公共図書館や国会図書館などでも全部デジタル情報がつないでくれるような時代を、多くの視覚障がい者たちは待ち望んでいます。


山本)
 私は「読書バリアフリー法」の制定をめざす超党派議員連盟の幹事長を務めています。その中で、視覚障がいや発達障がい、上肢<じょうし>障がいも含めて、障がい者がいつでもどこでも読書できる環境づくりのための法律をぜひ制定してほしいとの要請が、日盲連など関係団体から寄せられました。

 障がいの有無にかかわらず、読書を通じて、文字活字文化の恩恵<おんけい>を享受<きょうじゅ>できる社会をめざすのが同法案の根底にあります。与野党を超えて全会一致で早期の成立に全力を挙げていきます。


竹下)
 まさに平成の〝集大成〟のような法律ですね。山本さんは、18年の「障害者文化芸術活動推進法」の制定にも尽力されました。障がい者であっても文化・芸術に親しめる、楽しめるというところに目を向けた、人間の豊かさに結びつく大事な法律でした。


山本)
 視覚障がい者の情報保障に関しては、まだまだ現実的には壁があります。ホームページ一つをとってみても、動画やさまざまな機能がありますが、視覚障がい者が健常者と同じように利用することは難しい。視覚障がい以外でも、聴覚障がい、発達障がいも含めた情報コミュニケーションを整備することが今後、大事になってきます。読書バリアフリー法が成立すれば、今後、情報コミュニケーションに関する法律を制定することもハードルは高くないと思います。公明党はしっかり推進していきます。


竹下)
 ここ数年で「心のバリアフリー」という言葉も一般的になってきました。しかし、国民の障がい者に対する理解が伴っていなければ、「仏作って魂<たましい>入れず」です。公明党は早くから「障害者差別禁止法を制定すべし」と主張し、「障害者差別解消法」をリードしてくれました。

 平成の間に、数え切れないほどの障がい者支援に関する法律ができました。差別解消法が施行されて3年になりますが、正直、社会が変わったとの印象は持っていません。素晴らしい法律がたくさんできたわけだから、新たに幕を開けた「令和」は、その法律を使って豊かな社会を築いていく時代になってほしいと願っています。

 私自身、日盲連の会長になって7年、副会長だった6年間も合わせて、ずっと公明党の皆さんと議論を重ねてきました。私たち視覚障がい者にずっと寄り添<そ>い、歩んでくれたのは公明党です。これからも当事者の目線を大事にし、日本の福祉をリードする存在であってほしいと思います。


山本)
 公明党は「大衆とともに」の立党精神を掲げ、生命・生活・生存を最大に尊重する「人間主義」の政党です。時代が変わっても、公明党は「現場」を何よりも大切にし、当事者の声、〝小さな声〟を全身で受け止めて、共生社会の実現に取り組んでまいります。


【略歴】たけした・よしき 1951年、石川県生まれ。龍谷大法学部卒業。中学3年時に外傷性網膜剝離<もうまくはくり>による失明と診断される。81年、全盲の受験者として初めて司法試験に合格。日本盲人会連合会長。弁護士法人つくし総合法律事務所代表社員。