舌と手を〝武器〟に可能性切り開く
「盲ろう者でも頑張れることを知ってもらいたい。100歳まで働くのが目標」――。こう語るのは、視覚と聴覚の両方に障がいがある盲ろうの料理人、林和男さんです。現在、京都府聴覚言語障害センター内にある「サンサンカフェ」で、長いコック帽<ぼう>と白衣を身にまとい、調理の仕事に汗を流しています。
1948年、京都府生まれの林さんは、生後半年で風邪による発熱の影響から聴覚を失い、小学4年生の頃には麻疹<はしか>にかかり、その高熱が原因で視力も低下。現在は全く聞こえず、目はぼんやりと物の形や光がわかる程度だといいます。子どもの頃から料理が好きだった林さんは「母がお店をやっていたので、小学生の頃からよく手伝っていました。たこ焼き、かき氷、わらび餅<もち>などを出すお店で、学校から帰って手伝いをすると、おやつにたこ焼きが食べられるのが楽しみでした」と振り返ります。
高校卒業後、木工家具の仕事に従事しましたが、徹夜続きで体調を崩<くず>し、4年で退職。その後、32年勤めた電気関係の会社も、50代半<なか>ばで倒産。ほどなくして、視力もほとんど失われました。
失意が重なり、しばらく自宅に引きこもった時期もありましたが、「まだ体力はある。何かできることをしたい」と一念発起<いちねんほっき>。2015年、障がい者と施設職員で切り盛<も>りするサンサンカフェがオープンすることになり、それと同時に、林さんも週3~5回、厨房<ちゅうぼう>で働くようになりました。最初は皿洗いを任<まか>されましたが、「とにかく腰が痛くて」と笑いながら林さん。その後は普段から好んで料理を作っていたこともあり、調理担当を希望し、カレーの具材を切ることから始めました。
林さんと周囲とのコミュニケーション手段は、手話を直接触って内容を理解する「触手話」。厨房の中での林さんは、物が置いてある場所や自分のいる位置など、全てを把握<はあく>しており、移動も一人。誰かを呼びたい時は、調理台をコンコンと叩<たた>いたり、声を出します。
現在、林さんは仕込み全般を担当。林さん自慢<じまん>のじっくり炒<いた>めて作る「あめ色玉ねぎ」を使ったキッシュは、カフェの人気メニューの一つです。このほか、カレーの仕込みや、オムライスのソースづくりなども担<にな>います。見えず、聞こえないため、作業では他の感覚を研<と>ぎ澄<す>ませます。例えば、キッシュ用の玉ねぎ1キロを230グラムになるまで炒める際は、手に伝わる感触や香り、視覚障がい者用の触る腕時計で時間を確認しながら頃合いを判断します。「カレーを煮込んでいる時なら、鍋のフチを触って、ぼこぼこ泡が出ている振動や、湯気が上がってくるのを感じます。目が見えない分、他の方法で工夫しながら調理しています。調理に関わるメニューが少しずつ増え、仕事の幅も広がっていくのでうれしい」。実際に林さんのキッシュはお客さんに大好評で、リピーターも増えています。
サンサンカフェは、その名の通り、日当たりが良く、ゆったりとしたスペース。店内には約600冊の絵本があり、女性同士や親子連れなどでいつも賑<にぎ>わっています。林さんはとくかく明るい性格で、手話を通じてたびたび繰り出すジョークに、厨房は笑いが絶えません。「職員とのコミュニケーションを大事にして、楽しく仕事ができるように心がけています。また、お客さんたちから『おいしかった』と声を掛けてもらえることが、何よりの励みになります」と語ります。
自身の舌と手の感覚を武器に、料理人として可能性を開いた林さん。今後の目標を聞くと、「体が元気なうちは頑張って働きたい。年をとったら手の動きはゆっくりになると思うけど」と笑顔で語り、「京都にお越しになった際は、ぜひサンサンカフェに食べに来てください」と宣伝も忘れません。70歳になった今も、さらなる高みへ、挑戦は続きます。