世界初のユニバーサル・ミュージックビデオ製作も
全盲の旅写心家・大平啓朗<ひろあき>氏
「僕にとって写真は、人とコミュニケーションを取るアイテム。撮った写真を自分で見られないということはぜんぜん関係なくて、相手と楽しめるのかが大事なんです。だから、見えていた頃と変わらない感覚で、今も写真を撮り続けています」。こう語るのは、「全盲の旅写心家」として活躍する大平啓朗<ひろあき>さん。首から下げたデジタルカメラと奇抜<きばつ>な帽子がトレードマーク。〝おーちゃん〟の愛称で親しまれています。大平さんは現在、北海道名寄<なよろ>市に拠点を置き、カメラ片手に全国各地を旅する一方、展覧会への出品のほか、学校やイベントでの講演など、活動範囲は多彩<たさい>。写真を通して、多くの人に勇気と希望を送っています。
1979年に北海道下川町で生まれた大平さんは、子どもの頃から写真を撮るのが大好き。明るい性格でスポーツ万能な少年でした。高校では写真部に所属し、大学時代は住んでいたアパートの部屋を暗室<あんしつ>にしてしまうほど、写真に没頭する青春時代を過ごします。ところが、大学院生だった24歳の時、薬品の誤飲による事故で失明。それでも、「見えなくなった時、あまりへこまなかった。見えない『大平啓朗』の新しい生き方が始まるんだって思ったんです。だから、好きな写真を止<や>める理由も選択肢もなかった」と、当時の心境を振り返ります。
見えなくなってから、大平さんの撮影方法は変わりました。目では被写体や景色を確認できないため、〝音〟や〝温度〟など、視覚以外の感覚を研<と>ぎ澄<す>まします。「頭の中で『これだ!』という絵がイメージできた時しか、シャッターを切りません。声や足音、息づかい、香りや空気の流れなど、自分がわくわくすると感じた一瞬を撮れるかが大事」という大平さん。見えていた頃は構図にばかりこだわっていたといいますが、今は自分が見てもらいたいものを、写真に込めることを心がけます。「心で撮るから、写真じゃなくて、『写心』ですね」と笑顔で語ります。
2009年、視覚障がい者のことをもっと知ってもらいたいとの思いから、47都道府県を白杖<はくじょう>のみで一人旅することを決意。「人の家に泊まるというルールにしたので、最初は宿泊先を見つけるのが大変だった」と振り返りつつも、「人の温かさや優しさを教えてもらえた旅。障がいのことを気にしていたのは僕自身だった。旅を通して、心を開き、人と接することが大切なんだと気づかせてもらいました」。大平さんは1年間かけて、全都道府県の旅を達成しました。
16年には、世界初となる、手話や音声ガイドなどの付いた音楽DVDを作製。視覚や聴覚に障がいがある人も、大人や子どもも一緒に楽しめるユニークなミュージックビデオ(MV)として、注目を集めました。「ゆめの星たち」と「さぁーいこう! やれるさ」の2曲が収録されているこの作品は、大平さんが全国を旅した時に撮影した写真の映像などが流れ、それぞれを大平さんが手話で紹介しているほか、字幕、音声ガイドなどが入った6種類のバージョンで構成されています。タイトルの「プリチュー」は鑑賞者によって「プリーズ チューズ(どうぞ選んで)」との思いが込められています。楽器や、曲に合わせて動くメトロノームのイラスト、英語の字幕も入っており、「どんな人でも楽しめる世界初の作品にしたかった」と手応えを語ります。
今後の目標を聞くと、「第2弾のMVを作って、もっと多くの人に楽しんでもらえるように広めていきたい」と熱く語ります。現在は自伝的フォトエッセイを執筆中で、「旅でお世話になった47都道府県の人たちにプレゼントしに行きたい。再会の旅ですね。それが実現したら、今度は世界一周の旅に出て、世界中の人と触れ合えたら」と、夢は広がります。親しみやすく明るい人柄の大平さん。さらなる高みへ、これからも挑戦は続きます。