HOME >

点字こうめい No.75


1<特集>本記
誰もが安心して歩ける街に
注目される「歩行訓練」の重要性

 相次ぐ視覚障がい者の鉄道駅<てつどうえき>ホームからの転落事故を防ぎ、安全に歩くために欠かせない歩行訓練<ほこうくんれん>の重要性が注目されています。しかし一方で、歩行訓練を実施している事業所が少ないなどの課題も指摘されています。そこで、東京視覚障害者生活支援<せいかつしえん>センター(長岡雄一<ながおか・ゆういち>所長)を訪ね、実際の歩行訓練を記者が体験し、機能訓練<きのうくんれん>事業所を巡る課題などを探りました。また、転落事故の再発防止策などについて、成蹊<せいけい>大学の大倉元宏<おおくら・もとひろ>教授にインタビューしました。

 視覚障がい者の生活能力の向上(機能訓練)や、就労支援を行う東京視覚障害者生活支援センターでは、機能訓練として①点字の読み書き②白杖<はくじょう>を使った歩行訓練③音声ソフトを利用したパソコンの使い方――などを行います。この中で、記者は歩行訓練がどのように行われるのか体験してみました。

 始めに、身長を聞かれたのは、白杖の長さが身長より43センチ程度短いものが望ましいとされているからで、白杖を立てた時に使用者の脇の下におさまるサイズです。

 長岡所長によれば、軽量かつ、折れにくく、しなることが要求されることから、白杖の材質にはカーボン製のものが多いそうです。万が一、白杖が人やモノにぶつかった場合、その力を吸収できなければぶつかったショックが大きかったり、白杖が折れたりするからです。

 白杖の先には「石突」<いしづき>という部分があります。この石突がストレートになっているものや、半球体<はんきゅうたい>のものなどがあります。前者は重量も比較的軽く、使用時に路面からの情報を多く受け取ることができます。一方、半球体になっている白杖は、路上の障害物に引っかかりにくく、側溝<そっこう>にある雨水<うすい>用の格子状のフタであるグレーチングにも落ちる心配がありません。

 また、白杖の中には、折りたたんでバッグに入れられるタイプのものもあります。どの白杖もメリットとデメリットがあるため、訓練の中で使用者自身が使いやすいものを選びます。ちなみに、補装具である白杖は、自治体の給付制度の申請条件が合えば、用具購入費の補助を受けることができます。

 白杖を持ちたくないという心理

 ただ、「視覚障がい者の中には、白杖を持つことに抵抗を感じる人も少なくない」(同所長)といいます。その理由の一つが匿名性<とくめいせい>の喪失<そうしつ>といわれるものです。雑踏<ざっとう>の中でも、「あの白杖を持った人」と周囲に認識されてしまい、何かトラブルがあった場合、「これだから視覚障がい者は」などと偏見で見られることにもつながりかねないからといわれます。

 このため、白杖の代わりに週刊誌や傘などを使いながら、歩いている視覚障がい者もいるそうですが、同所長は「白杖を持つことは、自分の安全を守るだけでなく、周りの人にけがをさせないためにも必要です」と警鐘<けいしょう>を鳴<な>らします。

 視覚障がい者の安全が最優先

 一通り、白杖について説明を受けた後、歩行訓練を開始。記者はアイマスクを装着し、白杖をお腹<なか>の前に構<かま>え、手首だけで、肩幅より少し広く左右に振ります。この時、白杖は約2歩先を指しています。お腹の前で白杖を持つのは、左右均等に白杖を振るため。そして、体の中心部が常に無防御の状況にならないためです。

 初めは白杖を左右に振る練習を行い、少し慣れたところで、白杖を振りながら、歩きます。白杖は一歩一振りが基本。左足を出すときに、右側に杖を振り、右足を出すときに左側に杖を振ります。

 白杖を無意識に振れるようになるまで練習を重ねますが、なかなかうまくいきません。長岡所長からは、「杖を振ることに意識が集中しすぎると、周りの情報を得ることができない」とアドバイスが。訓練場内を実際に歩きながら、白杖が壁<かべ>やモノにぶつかった感覚も覚えます。壁に接触した場合は、白杖で距離を測りながら歩くことで安全に進むことができます。

 横断歩道で信号を待つ場合などは、白杖を自分の体に対して斜めに構えて人やモノから体を守る「防御のポーズ」を取ります。

 長岡所長は「歩行訓練では、白杖の操作だけを身につけるのではなく、自分の位置を知るすべをきちんと習得することも重要ですが、一番重要視すべきは、身の安全を確保すること」と話します。このため、歩いている方向が分からなくなった場合には、無理に動かず、近くの人に助けを求めることなどして、援助を受けることも必要といいます。

 自立訓練が受けやすい環境整備を

 東京視覚障害者生活支援センターなどの機能訓練事業所では、主に中途<ちゅうと>失明の人たちが歩行訓練をはじめ、生活技能を学んでいます。

 中途失明者の中には、こうした機能訓練が受けられることを知らない人も多いのが現状です。「機能訓練は利用者の生活の選択肢<せんたくし>を広げることに有効」(同所長)なことから、同センターでは、自治体や医療関係者向けの説明会、研修会を実施しています。こうした努力の結果、近年では、自治体のほか、眼科医など医療機関の紹介で、機能訓練を受けに来る人が増えているそうです。

 視覚障がい者は全国で約34万人(厚生労働省発表、2016年3月31日現在)に対し、日本盲人会連合の調査などによると、視覚障がい者のために機能訓練(自立訓練)を行う施設は全国で16カ所と、少ない状況です。

 歩行訓練を受けられる施設には、①機能訓練事業所②非<ひ>機能訓練事業所――の二つがあります。機能訓練事業所は、障害者総合支援法の訓練等給付の一つとして、国や民間が運営しており、「対応できる人数が多い」「集中的に訓練が受けられる」「他の利用者との交流が可能」――などが特長です。また、非機能訓練事業所では、自治体が費用を負担し、障害者支援団体に訓練を委託するもので、「利用する際の手続きが簡単」「利用者の費用負担がない」「利用者の生活する地域に即した訪問訓練」――といった長所が挙げられます。

 しかし、機能訓練事業所の利用手続きの複雑さや出張による個別対応がしづらいなどの課題がある一方で、非機能訓練事業所では、利用人数や利用頻度<ひんど>が限られる問題点もあります。

 長岡所長は、「千葉県市川市のように、訓練ができる職員を配置するなど、必要があれば随時、機能訓練を受けられるような工夫が必要なのでは」と語っていました。